「新品を定価で買う」が作り手へのメッセージになる!中古やレンタルはなるべく控えるようにしています
最近、欲しいと思った本やCD類はできるだけ新品&定価で買うようにしています。
「できるだけ安くすませたい」とか「モノは増やしたくない」という思いから、
以前は中古品やレンタルを利用していました。
が、あることに気がついてから考えを変えることにしました。
お金を払うなら、作り手に届くように
良いものと引き換えにお金を払う。
それはとても人間的で素敵な行為だと思う。
美味しいご飯を作ってくれた人には、
満足させてくれた分だけしっかりとお金を払いたい。それは「ご飯」だけではなく「物」でも同じである。
私は同じ「ものづくり」をする立場として、
なるべく作った本人にお金がいくように定価で買いたい。
なぜなら、その行為は作った人が金銭的に潤うのと同時に、
「売れた個数」という数字によって作り手への賛辞が
メッセージとして伝わるからだ。星野源さん『そして生活はつづく』より
これを読んだ時、はっとしました。
私自身も、「ものづくり」に関わる1人。
自分が良いと思って心を込めて作ったもの・力を注いで作ったものに対して、
それに見合った対価が欲しいと思うのはごく自然なことです。
しかし、消費者の立場になったとたん、
そういった思いがすっかり頭から抜けていたのです…
「できるだけ安く手に入れたい」と思うのも自然なことですが、
私は作り手を応援したい。
その人が生み出した価値に対して、
きちんとお金を払うのはとても大切なことだと強く思うようになりました。
「安くして」は作り手の価値を下げる
お仕事に対して、「できるだけ安くして欲しい」と言われることがあります。
安くすませたいというお客様の気持ちもよく分かるけれど、
私自身そう言われるのはすごく悲しい…
「自分に能力がない」「この程度のものにお金はかけられない」
と言われているようにも受け取れるからです。
作り手の能力・力の注ぎ具合・かかった時間・苦労・工夫・
そこから生まれる価値など、お客様にはっきり見えない部分もあります。
判断が難しいとは思いますが、応援している人が作っているものだったり、
満足のいく仕上がりだと思えるものに対してきちんと対価を払うということは、
その人やその人の仕事を肯定することと同じだと思います。
作り手の生活だけでなく心も潤す
価値に合った対価が渡っていれば、その人の自信にもつながります。
心のこもった言葉もとてもありがたいけれど、
数字として目に見える状態に表れることもその人に対してのメッセージになります。
(いくら儲けたという表現にするといやらしく聞こえるけれど…)
「自分や作ったものの価値を認めてもらえた」
「今まで積み重ねてきたことは無駄ではなかった」
「こんなふうにしたらもっと喜んでもらえるかも」…
良いものに対してお金を払うということは、
作り手の生活だけでなく心も潤すことになる。
そして、今後のものづくりの糧になっていくのです。
応援したい人であればなおさら、
正規の買い方・定価で手に入れることが大切だと思う今日この頃。
作り手側としては、お客様が求めていることを見極め、
満足していただけるものを常に提供できる状態でなければなりませんね。
私自身も、精進してまいります!